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  天使がふたり

パパの誕生日に・・・

今日はパパの28歳の誕生日。
パパは1人で栃木。朝から晩まで働いてるね。
去年のaimiの2歳の誕生日もクリスマスも妊娠中の私の出血で一緒にいられなかった。
来年はゼッタイゼーーッタイ家族4人で祝ってあげるからね。

ここ3日ほど昼寝をしないで寝るaimiは朝遅い。今朝は11時過ぎだった(^_^;)
おかげで私はネットサーフィン。
今朝は障害児を持つ親御さんたちのHPを見てた。
いろんな障害があって、親御さんたちの愛情あふれるHPに涙が出てしまった。
その中に、出産の時の様子をパパが書いてるページがあった。

帝王切開で産まれた女の子は重度の障害児。
パパは赤ちゃんに付き添い、大学病院へ行き、何も知らない妻の待つ病院へ帰るとき涙が止まらなかったこと。
妻の体を気づかい、退院を待ってからの告知。

先にすべてを知るパパ。
so-が産まれた時のパパと重なった。
前置胎盤で入院中だった私はその日の早朝、突然の出血で緊急帝王切開。
次の日からアメリカ出張なのに、栃木からかけつけてくれた。着くとすぐso-が搬送される大学病院へ。
(パパは救急車が呼吸器の機材でいっぱいのため、自分の車で行ったそう)

幸いso-の障害は比較的軽かったから帰ってきてすぐに私とばーちゃんに話してくれた。
「隠してもしょうがないから包み隠さず言うけど・・・」
って。自分で呼吸ができないこと、鎖肛のこと、これからの手術のこと。
そして面会時間ぎりぎりの夜中まで付き添って、手を握っててくれた。
次の日から出張でそばにいてあげれないことを謝って、私のこと心配してくれた。
so-にも申し訳ないって、いっぱい泣いてた・・・
私が見た初めてのまじめ涙。
私は麻酔と大量出血でボーーっとして、まともに話せなくてごめんね。

翌日、so-の呼吸器が外れたことを確認してアメリカへ飛んだ。
でもすごーーく心配だったみたいで1日仕事しただけで帰ってきてくれた。
仕事は大丈夫なのか?ってこっちが心配しちゃうくらい。

子宮全摘した私の気持ちも心配してくれた。
私はso-が大丈夫ならいいやって・・・むしろこの先、生理がなくて楽♪なんて思ってるのに(^^ゞ

思いやりのある優しい人。
パパとなら私は大変なことも乗り越えていける。
ずっと仲良し4人家族でいられる。そう思えるよ。

私の入院を機に里帰りしてから、もうすぐ5ヶ月。1人での生活寂しかったよね。
so-がNICUから退院してきたら、また一緒に生活できるね。
今度はso-も加わってますます大変で、でも楽しいんだろうね。
これからもわがままママをよろしくお願いします。


(2004年9月のパパの誕生日)


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